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蕎麦の歴史

蕎麦の歴史の画像

日本の蕎麦の歴史はとても古く、縄文時代の終わりには蕎麦があったといわれています。この時期の古墳から、蕎麦の種子が見つかったことからわかりました。蕎麦が日本に渡ってきた場所の説は色々あります。有力な説は、中国西南部あたりから、日本に渡ってきたという説です。

奈良時代では、蕎麦は食べられていたのですが、今のような麺ではなく、お粥やおじやのように炊いて食べていたといわれていてます。その後、蕎麦の実を挽いて粉にする技術が伝わりました。粉にした蕎麦粉で、蕎麦団子、蕎麦がき、蕎麦焼餅などを作るようになります。

江戸時代に入り、朝鮮の僧により、蕎麦粉につなぎを入れることが伝わります。それにより、蕎麦は麺という形になりました。これを「蕎麦切り」といい、現在は略して「蕎麦」と呼んでいます。蕎麦切りの発祥地は、信州、甲州と色々な説があります。

江戸時代の庶民にとって、蕎麦は安い食べ物でしたので、好まれて食べられていました。また、この時代の蕎麦は、菓子屋が副業で作っていました。その名残で、「そばぼうろ」「そばまんじゅう」があります。しかし、次第に蕎麦専門店が表れ始めます。今もよく聞く「二八蕎麦」というのは、この頃できたといわれています。江戸に蕎麦屋が急速に増え、蕎麦は江戸の庶民にとって、なくてはならないものになって行きました。

蕎麦が江戸に広まった理由がもう一つあります。その頃、江戸の庶民は、「白米」を食べるようになっていました。白米だけですと、ビタミンB1が不足してしまい、「脚気」と呼ばれる病気が増えて行ったそうです。蕎麦にはビタミンB1が多く含まれており、「蕎麦を食べている人は脚気にならない」といわれ、江戸の庶民は、蕎麦を食べるようになったともいわれています。


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